序章
7月10日―
立ち込める雲と淫靡な街の灯りが、星の輝きを覆い隠そうとする夜だった。
僕は大学のサイトにアクセスしようとキーボードを叩いている。
早鐘を打つ鼓動は指先まで震わせて、パスワードを何度も間違えさせる。
――僕は就活生だ。
しかしただの就活生ではない。
46単位取得という重荷を背負って険しい山を登る
就活界のアルピニスト。
取得できる単位の上限は年間で48。
僕はあと4単位、つまり2つの講義を落とせば、後期を待たずに留年。
深いクレバスに飲み込まれることになる。
そして今日
初めて出た2時間目の講義で、今まで出席を取っていたことを知った。
5時間目の講義では、先週中間試験が行われたと、金髪の受講生達が話しているのを聞いた。
目を、耳を疑った。
単位取得の条件は合計で60%以上点をとること。
もし出席や中間試験の点数配分が大きければ…終わりだ。
そう、僕は今シラバスを確認するためにPCに向かっている。
何度もパスワードを間違えた後、
ようやくサイトが開く 。
ものの1,2分の作業が、終わらない拷問のように感じられた。
すぐさまメニューをクリックし、講義一覧のページへ、各講義のページへと画面を進めていく。
まずは2時間目だ。
そして
シラバス
一つ息を吸い込んで、クリックする
成績評価の方法が書いてあるところまで
画面をスクロールする
ー出席40%、試験60%ー
肺の中の空気が、体中の血液が、一瞬で全て水銀に入れ替えられてしまったみたいだった。
期末試験で満点をとれるはずなど、ない。一度も出席した事のない男がだ。
冷たくなった指先で、冷たいデータを映す機械に指示を出す。
もうひとつの講義も確かめなければならない。
正直、確かめたくない。そこに書いてあるのは、死刑宣告かもしれないのだ。
しかし逆にだ。5時間目のシラバスを開いた時、もしかしたら中間テストなど無いことがわかるかもしれない。さっきの会話は聞き間違いで、中間テストなどなかったかもしれないのだ。
もはや根拠のない励ましにすがるしかなかった。
かぼそい可能性の杖に、弱りきった体を預けてなんとか進む。
そんな姿を自分でも滑稽だと思った。
そして5時間目のシラバスが表示される
画面をスクロールしていく。
お願いだ
今からちゃんと勉強します
なんでもします、神様
どうか
ー成績評価の方法ー
―中間試験30%ー
瞬間、体に熱が戻る 。
中間テストはあった。
しかし、期末が70%なら決して不可能ではない。
俺ならできるさ。やってやる――
もう一度画面を見直す。
―中間試験30%ー
―期末試験50%ー
―出席20%ー
・・・・・
その時僕は、自分の足元が崩れる音を、確かに聞いた。
僕の就活は終わった。
もはや星は見えない。
行き先を教えてくれるものは、なにもない。